こちら上信越日本鉄道広報室

maedon74の趣味の話

夢の終わり

いやぁ、来ましたねぇついに

来るべきものが来たというか・・・

 

いえね、某所でこのポスターを見かけた瞬間は

狭窓流電キマシタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n’∀’)n゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!

なんて思ったんですけどね

一呼吸も二呼吸も、いや五十呼吸くらいしたあとに

改めてポスターの内容を読んで見ましタラバガニ

飯田線シリーズ 旧形国電 最終章・第1弾」とか

どっかの月刊じゃなくなった鉄道雑誌の特集タイトルを

思わせるような文句が書いてあるじゃないですか

しかも「第2弾 クモハ52(2次車)2023年登場、フィナーレへ」

とまで書いてあって、言葉にならない声が出ました

あぁそっか、終わりますかー・・・

第3弾はないんですかね

クモニ13026は出ないんですかね

クモニ83101と102は出ないんですかね

面白いスタイルで個人的に好きなクハユニ56001は

同じくクモハ54007は、112は、123は

クハ68401は、クモル23050は・・・

言い出したらきりがない話ですが

模型でほしいクルマは際限なく挙がってきます

このあとは、開発データを流用して

身延線大糸線シリーズもやってほしかったですね

 

そんなわけで、来年模型化が発表されたクモハ52003

もう20年近く前、グリーンマックスのキットを組んで

接合部にパテを擦り込んだだけの仕掛かり品ですが

こやつを今後どうしたらいいんでしょうかねぇ・・・

都に沼の増えるごとく

丸二ヶ月近く、ブログを書かない間に

また一つ歳を取りました

女房殿のお金で資料本を買いましたが

これがまぁ何というか、濃すぎる内容でして

一言で言えばまさに「沼」なのですね

そもそも旧型客車自体が沼なのは当然なのですが

こうした資料本の内容を理解するために

必要な知識という武装の段階でもう大変なもので

新型客車に分類される12系、14系、24系、50系などに至っては

簡潔すぎると言っていいくらいのレベルだったりします

地元ネタはあんまりないのですが

客車の歴史を理解するためには

うってつけの本かもしれません

62といえば

62といえば

地元を駆け抜けたEF62をはじめ

ED62とかモハ62とかいろいろありますが

あえて触れておきたいのが、C62です

 

日本最大の旅客型蒸気機関車、C62

動いているC62を見たのは、高1の夏が最初で最後です

友人のカメラマンに誘われて初めて渡道した初日に

銀山の稲穂峠でC62 3を撮ったのでした

知識として知っていたのは

現役時代のC62重連がこの地を走っていたこと

遠くからジェット機のような音をたててやってくること

そしてそれは今なお伝説として語られていること

鉄道雑誌で読んだそれらの話を思い出しながら

初めて訪れた路線の沿線で、C62はどんな姿を見せてくれるのか

ドキドキしながら待っていたのを覚えています

 

C62は、鮮烈な印象を残して目の前を通り過ぎていきました

スハフ44の重厚なジョイント音

息がつまるくらいの煙を残して・・・

 

復路は塩谷の駅でじっくりC62を見る機会に恵まれました

上越線D51やC58、真岡鐵道のC12しか知らない私には

この日本最大の旅客型蒸気機関車

とても大きく、とてもかっこよく見えました

 

当然のことですが、スハフ44の観察も忘れません

C62の後ろに連なる5輌の客車を撮っているうちに

青15号の旧型客車のかっこよさにも目覚めてしまいました

 

撮影を終え、地元に帰ってきてから数年後

カトーさんのC62を手に入れた私は

銀河モデルさんのパーツを取り付けまくって

あの日のC62の再現にいそしんだのでした

 

そりゃまぁ、加工したのが前世紀なのですから

あちこちパーツがへたってきたり色が剥げたりしますが

加工から24、5年を経た今でも

「かっこいいなぁ・・・」と自画自賛してしまいます

魂込めて加工しましたからね

それくらい、あの日見たC62はかっこよかったのです

 

もちろん、現役時代の「ニセコ」仕様のC62も持っています

こちらは10年前に買ったフルリニューアル品ですが

実車が極力現役時代そのままで復活させたものなので

このままでスハフを5輌牽かせても全く違和感はありません

しいて言えば、無線アンテナと副灯のリムの色くらいでしょうか

まぁ、その副灯のリムも、手持ちの資料を見る限り

現役時代には銀メッキの色が分かるものもあるので

カトーさんのASSYパーツを使って

銀リムの副灯に換えてもいいかなと思っています

それにしても、こうやって見比べてみると

旧製品も現行製品に負けていないディテールしてますねぇ

おっと、もげかかった標識灯だけは直さないと・・・

放置してます

いえ、このブログのことではなく・・・

 

ED75は大好きな機関車でして

信越日本鉄道では機関車としては

2番目に多い輌数を誇っています

その数、実に18輌

1位はEF81の23輌。まぁオールラウンダー電機だししょうがない

 

さて、そんだけの数になると

各種メーカー新旧入り乱れての保有となるわけでして

持っているものが最新製品に近くなればなるほど

各部が細密化し、別パーツも当たり前になるわけです

カトーさんはありがたいことにこれだけ細密化しても

基本的にナンバーと銘板、カプラー交換だけで済みます

一方、翻ってトミックスさんはというと

ナンバー、銘板、カプラー、信号炎管、無線アンテナ、手すり・・・

さすがにちょっとげんなりしてきますねぇ

おまけに接着剤必須なものもあったりして

なかなか手を付ける気になれないでいます

 

そうして放置したまま10年ほど経過したものが

ED75だけに限らず、EF64EF65、EF81・・・

ちょっと思い出したくないくらいの数が

積みあがりつつあります

今日の写真のED75も、発売時に買ったものですから

今年の夏で丸10年が経とうとしています

そろそろいい加減に何とかしたいところですね

さらばEF60 19

大好きだった機関車がまた1輌

解体場の露と消えていってしまいました

EF60 19

言わずと知れた、高崎の国鉄電気機関車の長老でした

私がこの機関車を知ったのは30年近く前

当時お小遣いに少しだけ余裕が出てきたので

購読するようになった鉄道雑誌で情報を得ていました

動くところを拝んだ回数はそんなに多くありません

だいたいはいつも、高崎の車輌基地で寝ていました

そんなある日、ネットの趣味仲間から

「EF60 19が青くなったらしいぞ!」と情報をもらい

あわてて高崎にすっ飛んでいってみたら

確かに、庫内には塗色変更されたEF60 19が・・・

一旦その場を離れ、1時間半ほどしてから戻ってみれば

まさにおあつらえの場所に鎮座していました

その直後、標識灯は消え、パンタも下されました

本当に貴重な一瞬でした

その後、走る姿を数回撮りに出かけています

これはゆとり

ばんえつ物語は、色合いが揃っていてお似合いでした

ヘッドライトが一灯に戻されたのは、それから数年後

頻度そのものはそんなに高くはありませんでしたが

車輌基地の様子を窺いに行くと、時折留置場所が移動していました

弊模型鉄道でかれこれ10年以上在籍するこのEF60 19

カトーがラウンドハウスブランドで昔売り出したもので

細部が異なることから「EF60 19タイプ」と銘打たれていますが

それでも私には、タイプでも何でもなくEF60 19そのものです

実車が消え去っても、模型としていつまでも現役です

ところで、高崎には近年まで19のほかにいくつかEF60がいました

これは15

16はその存在がよく知られていた一輌でした

残念ながら2006年3月上旬に倉賀野で解体

この写真は、解体前日の夕方の姿です

現在、横川で保存されている501も

かつては高崎で保管されていました

手前はEF62 1、反対側はED75 39ですが

ED75 39は解体され、横川入りは叶いませんでした

ちょっとやつれた姿ですが

19亡き今、一灯ライトで車体全部が完存する唯一のEF60として

今後もその姿を伝えていってほしいものです

もちろん、先日発売の模型も弊模型鉄道で導入しています

さて、現役当時を高崎で過ごしたEF60は

他にもまだ現存するのです

86は前頭部が群馬県内某所に個人所有のものとして現存します

気になる切断面はこんな感じ

周辺には動輪、腕木式信号機、転轍てこなども置かれています

さらにもう1輌、123

足利駅前に車体全部が完存するかたちで保存されています

EF60の最終型はEF65に酷似した車体で

珍しさはちょっと薄めかもしれません

先ほど501の項で「一灯ライトで車体全部が完存する」と書いたのは

この123の存在があるからなのです

さらにもう一つ、「一灯ライト」だけであれば

大宮工場内に茶塗りとなった47の前頭部が保存されていますが

あちらは最終配置が沼津なので、割愛します

最後に、高崎留置中に見られたPトップとの並びを一枚

こんな姿も、もう見ることができないのですね・・・

はまかぜ、21年の彷徨の果てに

またひとつ、懐かしい思い出の列車を

手元に蘇らせることができました

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キハ181系特急はまかぜ

言わずと知れた、本州最後の国鉄気動車特急でした

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今回、模型を手に入れるまでの何年間を

これらの映像ディスクとともに過ごしたことか・・・

それほどに、はまかぜはずっと手元に蘇らせたい列車でした

 

気動車というと

地元の八高線わたらせ渓谷鐵道

それに久留里線や北海道各線でしか乗ったことがなかった

当時の私には、キハ181系は遠い遠い存在でした

見るだけ、撮るだけなら高1の夏に北海道へ行ったとき

キハ183系を一度だけ撮ったきりで

気動車特急というものに縁がありませんでした

 

成人して少し経った頃

当時始めたばかりのネットでできた友達(男ですよ?)と

今でいうところのプチオフをしに

兵庫の豊岡まで行く機会がありました

それがちょうど21年前の今頃のことです

これまた今や懐かしの寝台急行銀河で朝の大阪に降り立ち

日本海JR神戸線103系を見てテンションが上がったところで

485系の183系北近畿に乗り込んで豊岡に行ったのでした

駅に降り立つと出迎えてくれたのはDE15

赤紫色のキハ40系も見かけましたっけ

その帰りに選んだ列車が、はまかぜでした

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入線するところを乗車前に駅撮りしただけなので

何とも冴えない構図ではありますが

このはまかぜが、私が人生で唯一乗った気動車特急なのです

渡り板には「キハ181-21」というナンバーが書かれています

編成は確か、4輌編成だったと記憶していますが

車内では和田山を出たあと、姫路手前まで爆睡しました

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大阪到着後、反対側のキハ181-49も駅撮りしていました

このあと、ちくまへの乗り継ぎの合間に

キハ58系の回送や183系びわこライナーが来て

朝のように興奮したのはまた別のお話・・・

 

続・忘れえぬ3.11

珍しく、ブログの続きです

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久ノ浜駅付近で大きな衝撃を受けた翌年、2013年

またこの時期を狙って、今度は宮城県にも行ってみると

石巻駅から歩いてすぐの場所に、こんな看板がありました

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次は柳津駅

気仙沼線のキハ40系はこの駅で折り返し

ここから先はBRTです

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柳津駅を出てすぐは、ごく普通の田舎の景色でした

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だんだんと見えてくるものが疎らになっていきます

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車窓の左手に見えていたのは、線路を失った気仙沼線だったのでした

ここは、陸前戸倉駅のあたりです

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志津川駅周辺

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線路を失った気仙沼線をオーバーパス

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沿線の風景ごと線路が消えてしまったのが分かります

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車窓から見かけた、折れ曲がったままの柵

車内での私は、涙がずっと止まりませんでした

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本吉駅でいったん後続のBRTに乗り換えて、気仙沼駅に到着

ここからはタクシーで移動です

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鹿折唐桑駅周辺

ここもやはり、何もありません

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横を見ると、またも信じられない光景が・・・

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打ち上げられて丸2年が経った第十八共徳丸です

まったく関連のない話ですが

「西風号の遭難」という絵本を思い出しました

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船底にはつぶれた乗用車が・・・

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手向けられた千羽鶴と花束

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どうかもうこれ以上、災害のない国でありますように・・・