東急線あの日あの頃

写真学校時代、東急はそこそこに身近な存在でした
学校の近くの半蔵門線の駅に行けば
営団のクルマに交じって出入りしている姿が見られ
そのまま乗り越して東急線内に撮りに出かけることもありました

時は流れ21世紀になったあと
デジカメというものを持ち始めた2004年に
都内に出かけた帰り、余った時間で
大井町線に出かけることがありました

改装工事中の旗の台

この日は雪というかみぞれというか
その間のような天気でした

池上線に乗り換える合間に撮った写真
この頃はこんなクルマがまだいました

一昔前の東急といえばこのお顔でした

何度か乗っていて馴染みがありました

今や改装されてすっかり見違えてしまう戸越銀座の駅舎
この頃はまだいいくたびれ具合でした

翌年の夏、今度はフィルムで撮りに出かけました

今となってはこのお顔が懐かしいですね

この顔も懐かしいです

背後は工事中の旗の台駅

こんな色のクルマもいました

あれから20年
いつかまた再訪してみたい東急線です
19年前の長岡・新津

19年前の今日
ワタクシは新前橋駅にいました
乗車の直前まで、奥に見える211系の
形式写真を撮ったりしながら
水上行きの115系の到着を待っていました

水上駅で長岡行きに乗り換えました
この色の115系は割と好きな色で
模型も保有しています

揺られ揺られて長岡駅に到着

出迎えの友人が来るまで
バスを撮って時間をつぶします

友人は早速、南長岡の貨物駅の近くに
連れて行ってくれました
線路際に降り立つとまもなく
EF81牽引の貨物列車がやってきました

後を追うようにやってきたのは485系

この場所、実は長岡車両センター(当時)のすぐ近くなのです

この写真も、敷地内で撮ったように見えますが
公道から撮ったものです

この頃はまだ、湘南色の訓練車と一緒に
除雪機関車のDD53もいました

いつぞや金沢までの「北陸」を牽いてくれた
あのEF81 141もいました

庫内にはEF81 109がいました

これも敷地内で撮ったように見えますが
公道から撮れたものです

もちろんこれも公道から

一通り長岡車両センター(当時)を眺めたあとは
友人にお願いして新津鉄道資料館へ
これは当時展示してあった試作車のモックアップです

PS13パンタグラフも置かれていました
長岡にいた旧型国電のどれかのものでしょうか

車輪もあります

DMH17エンジンも展示されていました

館内の展示はいろいろ興味深いものがありました

ここまで来たら当然
新津運輸区(当時)も覗いていきます

地元で見慣れた形式ではありますが
場所が違うと纏った雰囲気も変わりますね

特にキハ47は地元にはいなかった形式なので
興味深く眺めていました

こんな編成のキハたちもいました

保線車

DD14

DD15

C57も庫内にいました

最後に、新津車両製作所(当時)を覗きました

その傍らにいた除雪車

おまけで個人的な寄り道をしてもらって
長岡駅に戻ってくれば、すっかり日没後でした

高崎駅で乗り換えて地元に帰りました
いろいろ楽しい一日でした
田端から機関車が消えた日

田端運転所、古くは田端機関区
はたまた現在は尾久車両センターですが
東京に出かけるといつもここで
機関車たちが出迎えてくれるのが
上京時のお約束でした

尾久の駅のホームをうろうろしていると
どこからともなくPFがやってきたり

入換のDE10やDE11がやってくるような
日がな一日見ていて飽きない場所でした

古くはロクイチ様に

パック様

EF62に

EF81

最新鋭EF510

ブルトレに

マニ50までを擁する
東京の北の玄関口の一大車輌基地でした
近年、ブルトレが消え、マニも消え
機関車もEF62を皮切りに
EF58が消え、残された機関車も数を減らし
ついに今年、PFがすべて消え
最後に残ったEF81がすべて消えました

最後に残ったEF81 95
撮る機会は数回しかなかったものの
その奇抜で目立つ塗装で見かけることは多々ありました
思い出されるのは1997年11月30日
いわゆる安中貨物の牽引中のところを
高崎の駅で見かけたことでしょうか
あいにくカメラを持ち合わせていなかったことが
返す返すも残念な出来事でした

同じく最後に残ったEF81 139
田端に似つかわしくない雪国装備で
なかなかに目立つ一機でした
地元高崎で撮ったこの写真が
まるで遺影のように見えてきます
どうしても最後のお別れがしたくて
真夜中の1時45分という時間に
自宅最寄りの踏切に行ってきました
今の自分の生活環境を考えるに
これがこの目で見る最後のEF81になるでしょう
さようなら、田端の機関車
壮士一去兮不復還
(壮士一たび去りて復た還らず)
13年前の流鉄にて

今から13年前の早春
青春18きっぷを使った旅で
馬橋に行ったことがあります

馬橋といえば流鉄
この頃はまだ2000形が現役でした

現役といえば
隣を走り抜ける常磐線も
651系がまだ現役でした

もちろん馬橋名物のワムハチもまだ健在でした

ワムハチを眺めながら跨線橋を渡ります

切符を買ってホームに入って
目の前まで行ってようやく
方向幕がLEDになっていることに気付きました

それでも運転台は昔のままです

ホームの反対側には
昔レールがあったとおぼしき保線小屋がありました

さて、出発した列車は
小金城址で2000形「青空」と離合します

終点の流山に着きました

ホームの反対側には5000形「流星」がいました

流山駅の構内はお世辞にも広いとは言えませんが
限られた空間にぎっしりと
いろいろなものが詰め込まれています

今日、営業運転最終日を迎えた5000形「あかぎ」は
営業運転開始前どころか
まだヘッドマークも付いていない状態でした

検修庫の中には5000形「流馬」がいました

ここで改札を出て、車庫のほうに回ってみます

歴史好きとしてはなかなか興味をそそられます

さてさて、話を戻して
車庫を外から覗いてみましょう

柵の隙間から覗き込むと
エアコンが複数鎮座していました

保線用の台車の上にはパンタグラフも鎮座していました

検修庫のピットは水浸しでした

ずっと歩いていくと駅の反対側の斜面に出ました

エアコン、きれいにしなかったんですねぇ・・・

さらに行った先の跨線橋から一枚

あ、ワタクシの影が写ってしまった・・・

反対側
昔、引き込み線があったのが見てとれます
今はどうなったことでしょう
いつかまた再訪してみたいものです
クモハ40模型化

今日発表のトミックス新製品情報に接して
いやもうひっくり返りましたね
カトーの16番を持っているくらいには
大好きな車輌だったりするのですが
まさかこいつがトミックスから出るとは・・・

というのもワタクシ、ゲタ電好きでして
大宮のてっぱく開業前の公開で
展示されているのを見て大変ぶち上がっておりました

ちょうど彼らが引退していく頃
この世に生まれ落ちた身としては
当然ながら現役時代を見たことがありませんが
資料を通じて彼らの活躍に触れていまして
今回の模型化に際しては
快哉を叫びたい気持ちもあります

当時撮った写真を
あえてモノクロに加工したものです
なぜそんなことをしたかというと
奥に並んでいるオハ31がダブルルーフだからなのです
戦前、そして戦後しばらくの間
こんな並びが見られたことでしょう
カトーのてっぱく展示仕様のオハ31を
持っている身としては
この並びを模型で再現できる日が
今からとても楽しみです
あの夏、北の大地にて
ちょうど30年前の昨日の日没頃
ワタクシは初めて北海道の大地を踏みました
前橋から延々と鈍行列車を乗り継ぎ
仙台の駅で雑魚寝して夜を明かし
初めて乗る50系客車に興奮し
青森で保存されている連絡船を眺め
ED79に牽かれてようやく函館に着いたのでした
函館の駅の改札で待っていた友人と合流し
まずは市電に乗って谷地頭温泉で入浴
どこで夕食を摂ったのかは覚えていませんが
その夜のミッドナイトに乗って札幌へ行きました
翌朝、まだ覚めやらぬ寝ぼけ眼で
小樽行きの721系に乗り換えて
さらに小樽からはキハ40かキハ150
銀山の撮影地に着いたのは午前8時前だったでしょうか

かつてシロクニの重連で勇名をはせた撮影地で
機関車も客車も半分になった列車を待ちます
「近づいてくるとジェット機のような音がする」
とは愛読していた蒸気機関車の本の
回想録に載っていた表現ですが
実際に撮りに行って見ると
何となくその感覚が分かりました

倶知安まで追っかけたあと
今度は復路を塩谷の駅で待つことにしました
待っている間に突如やってきたこれが
今回の渡道で唯一撮れたキハ183系となりました

待つことしばし
ようやくやってきた折り返しのシロクニは
ここ塩谷で小休止をします
その間に駅構内を駆けまわって撮りまくりました

青い旧型客車なんて
ここ北海道に来て初めて見ました
これが1輌だけではなく
5輌の編成を組んでいるのですから
実に美しい編成美でした

離合でやってきたキハ40もしっかり撮影

シロクニのキャブ
日本最大の蒸気機関車は本当に大きかったです

そのあとはまだ明るいうちに札幌に引き上げ
そこから特急で滝川に移動しました
滝川では、友人のまた友人がクルマで待っていて
深名線沿線の民宿に連れて行ってくれました

翌朝、朱鞠内湖のほとりで
望遠レンズを構えて撮ったキハ53です

多分そのあと大急ぎで追っかけをして
朱鞠内の手前の鉄橋で撮ったものです

朱鞠内に着いたキハ53

折り返してまた名寄に向かっていきました

さらに南下して沼牛の辺りの蕎麦畑で一枚
蕎麦の花が満開でした

再掲ですが、帰りに函館で撮ったキハ22
北海道で見たキハ22はこれが最初で最後でした
あれから30年
再訪は一度も叶わずにいます・・・
さらば、愛しの185系
185系最後の編成が今日
廃車回送で長野に着きました
ほどなく解体されることでしょう
たった1輌の保存車もなく・・・

185系といえば
地元の特急電車として
たいへんに馴染みのある車輌でした
カメラを水平に持てない頃から
ファインダーの中に何度収めたことでしょう

踊り子色はなかなか見る機会がありませんでしたが
東京駅で見かけたのを思い出します

そんな踊り子色が
あかぎ22号(当時)として
地元にやってきたときは
出発式を見に行ったものです

部活をサボって新前橋や高崎に入り浸っていたころ
時間的によく見かけたのは草津でした

これはもう少し早い時間
谷川を切り離して発車待ち中の草津です

それからだいぶ経ってからの定点アングル

学生時代、一番お世話になったのは
たぶんあかぎ2号だと思います
お小遣いがあるとき
前橋から新町まで何度も乗りました

大きな乗降口
それに負けない大きなJRマーク
小さな方向幕
何もかもが懐かしいですね

懐かしい車内

新前橋といえば・・・

もちろんこれですよね

やってくる併結相手を待ちながら

徐々に近づいて

さらに近づいて

連結~

新前橋の見どころはこちらにもありまして


電車区裏手には金網があって
その隙間からこうして撮ることができました

昼寝している姿が
懐かしく思い出されます

時にはこうして並ぶことも

夜の姿

イベントに駆り出されることもありました

185系は決して脇役ではなかったのです

イベントならではの庫内での姿

さて、一駅戻りまして前橋
3つの番線が埋まった瞬間です

埋まった車両が
全部湘南色だったこともありました

夏場は光線状態が最高で
このように余計な影が落ちることなく
すっきり撮ることができました

反対側ももちろん
すっきり撮れました

そんなある日
こんな塗装がデビューしました

もちろん形式写真を撮ったことは
言うまでもありません

ひとつだけ残念なことは
ホームの屋根が編成きっちり7輌分で
正面に照明が当たらないことでした

そんなわけで夜の形式写真に挑戦
ホームで三脚が使えた頃だから
できたことです

新前橋からちょっと北に向かって
群馬総社の手前のカーブ

ここでは下りをよく撮りました

ここは踏切で
定員が非常が少ないポイントです

渋川と八木原の間

水上

新前橋に戻って

高崎

新町はよく通いました
駅先なので対向の心配もありません

この場所で4本4色を一気に撮ったことがあります


田町ブロック

特急色

籠原を通過するストライプあかぎ

熊谷

上野
上京の帰りに何度乗って帰ったことか

訓練運転ですね

東京

当然形式写真を撮りました

熱海

懐かしい幕

こちらは最後まで馴染めませんでした

いっぱい乗った185系でしたが

娘氏に見せてやることができたのはよかったです

弊模型鉄道ではこれからも現役です

最後に残ったC1編成
写真を探したらこれが出てきました
ありがとう、お世話になりました